大学におけるスポーツマネジメント・ビジネスへの期待

■スポーツマネジメント・ビジネスの台頭

1993年、Jリーグが発足すると同時に日本におけるプロスポーツのマネジメントへの関心が高まった。特にそれまで日本のチームスポーツのプロリーグの代名詞と言えばプロ野球であったが、プロ野球球団の実態は親会社の傘下にあり、必ずしも独立採算で経営されているとは言えず、経営情報も公開されてはいない。また企業スポーツは、企業内部の福利厚生や広告宣伝という位置づけであり、独立した組織により経営されているわけでもなかった。
しかしJリーグが、スポーツは企業から離れ、地域に根づいた独立経営をめざすことを掲げたことにより、組織経営(マネジメント)+収益化(ビジネス)=プロスポーツクラブのマネジメントに注目が集まるようになった。また、プロスポーツの発展に関わる様々なスポーツビジネス(メーカーやスポーツ教室、グッズ、マスコミ、放送、そして各種の権利関係など)にも注目が集まり、さらにインターネットの発達により、先行する欧米のスポーツマネジメント・ビジネスに関する情報も簡単に得ることができるようになった。
Jリーグを当たり前のように観て育った現代の学生たちにとってスポーツマネジメント・ビジネスは比較的身近な存在となり、その期待に応えるべく、各大学においてスポーツマネジメント・ビジネスに関する学部・学科も増えてきている。

■大学におけるスポーツマネジメント・ビジネス学

スポーツマネジメント・ビジネスを大学で学ぶ場合、学ぶべき範囲が広く、様々な要素が含まれているため、ひとつの学部・学科で完結できるものではなく、その範囲が学部・学科を横断することも少なくない。例えば組織経営や広告・マーケティングで言えば経営学、その価値や社会への経済的なインパクトで言えば経済学、ガバナンスやコンプライアンス、権利関係で言えば法学、選手や指導者の育成、トレーニングで言えば体育(スポーツ)学、アスリートの身体づくりや食生活の管理で言えば栄養学、スポーツツーリズム、スポーツホスピタリティで言えば観光学等、ありとあらゆる学問がスポーツマネジメント・ビジネスに関係しているのである。そのため大学においてこれらのうちひとつだけしか学べないようでは、今の学生たちのニーズには足らず、学部・学科を横断したカリキュラムを作ることも検討しなければならないだろう。 一方で近年のスポーツマネジメント・ビジネスにおいて、それらを教えられる教員の数が足りてないことを実感することがある。そもそもJリーグが開幕してまだ30年、その間プロスポーツクラブに携わった人数も少なければ、それらを研究する人もまだまだ多くない。もちろんプロスポーツクラブの経営や広告代理店、スポーツメーカーなどを経験された人はいるが、大学教員となるための要件を満たせないことも少なくない。そう考えると日本の大学においてスポーツマネジメント・ビジネスの分野は、まだ緒に就いたばかりと言えるだろう。大学におけるスポーツマネジメント・ビジネスの発展には、これらを教えられる教員の育成も急務となる。

■スポーツマネジメント・ビジネスを専攻した学生の就職先

大学でスポーツマネジメント・ビジネスを学んだ学生の中は、卒業後にスポーツビジネス界で働きたいと考えるだろう。しかし日本のスポーツビジネス界の現状は、学生の期待に応えられるほど充実しているとは言い難い(満足できる待遇が得られるのはスポーツメーカーくらいではないか?)。例えばプロスポーツの業界は、企業規模で言えば中小企業である。新卒採用はほとんどなく、中途採用ばかりでそれも経験者などが優先される傾向がある。土日も仕事であることが多く(試合やプロモーションなど)、社員の人数も決して多くない(50名以下のところがほとんど)。もちろんどんな業界でも100%満足な条件の職場などは存在しないが、スポーツマネジメント・ビジネス自体がまだ新しい分野であるため、業界自体もまだまだ未熟であると言わざるを得ない。このミスマッチ(学生の期待と就職先の状況)についても、大学はしっかりと把握し、検討しなければならないだろう。
2017年スポーツ庁から発表された第2期スポーツ基本計画では、「スポーツの成長産業化」として2025年までにスポーツ市場規模を15兆円とすることを目標とし、その実現のために「スポーツ経営人材の育成・活用」「新たなスポーツビジネスの創出・拡大」といった具体的な施策を掲げている。これらを実現するために大学では日本のスポーツ産業界を担う人材を輩出し、その結果として日本のスポーツ産業をビジネスとして構造的に収益を上げられる(稼げる)業種にしていかなければ、学生たちの期待に応えることはできない。大学として単なる学生集めのためにスポーツマネジメント・ビジネスを使うのではなく、日本のスポーツ界にとって有能な人材を育てると同時に、その出口(就職先)作りに関しても大学は検討しなければならない。

出典:スポーツ庁「第2期スポーツ基本計画ースポーツが変える。未来を創る。」(2017年4月)

■トップアスリートのリカレント教育の場として

大学は現役の学生のみならずトップアスリートのリカレント教育の場としての役割も期待されている。一昔前、日本では高校や大学卒業後も競技スポーツを続けるためには、企業に就職して活動を続けることが一般的であった(企業スポーツ)。企業スポーツは、アスリートとして働きながら安定して競技を続けることができ、また引退後はそのまま仕事を続けることができるという、アスリートのセカンドキャリアにおいて優れた仕組みであった。
しかし近年、チャンスがあれば、より高いレベルにチャレンジをするアスリートが増えてきた。いわゆるリーグや選手のプロ化である。しかしプロ化することでより高いレベル、高い報酬を得ることができる一方で、プロ化と引き換えに引退後の保証が無くなるため、セカンドキャリアへの不安が高まっている。その際にひとつの選択肢として自らの選手経験を振り返り、その経験を活かすため、もう一度大学(大学院)で学びなおすアスリートが増えてきている。
アスリートがその経験を活かし、日本のスポーツ界全体をもう一度理解し、海外と比較し、問題点を探し、自分の経験がどこに活かせるのか? そのために何に興味を持ち、何を学ぶか? 大学ではアスリートならではの視点から日本のスポーツ界を再度考えることができるため、アスリートのリカレント教育の場として大学(大学院)への期待は大きい。そのリカレント教育の中でスポーツマネジメント・ビジネスの分野に注目が集まっており、指導者になるのではなく、スポーツ団体のマネジメントや新しいスポーツビジネスの創造に興味を持つアスリートが増えている。
大学で再度学んだアスリートが日本のスポーツ界及びスポーツ産業界にその知識と経験を還元することが望まれている。

■大学への期待

海外のスポーツビジネス市場(アメリカの5大スポーツ〈NFL、MLB、NBA、NHL、MLS〉や欧州のサッカー)は、日本と比べはるかに市場は大きい。しかし1990年代までサッカーや野球においてそこまでの差はなかった(参考動画を参照)。今後、日本のスポーツビジネス市場も欧米のような大きな市場になることが期待されている。
しかし、日本のスポーツ界は学校教育の中で発展した経緯があり、いまだに教育現場での行き過ぎた勝利至上主義であったり、指導者・先輩・後輩等の縦社会・パワハラ、根性論など旧態依然としている体質もある。またスポーツでお金を稼ぐことに対するアレルギーも大きい。この辺りの諸外国の現状や正しい知識などについては、大学でしっかりと研究してスポーツマネジメント・ビジネスに精通する人材を育て、さらにアスリートのリカレント教育の場として、そして日本のスポーツ界の発展に貢献できる存在として大学が果たす役割は大きいと言えるだろう。

■参考動画「数字で見る日本のスポーツ」(文部科学省)

谷塚 哲
東洋大学 健康スポーツ科学部 健康スポーツ科学科 講師
専門分野はスポーツビジネス法、スポーツマネジメント、スポーツビジネスなど
【主な著書】
「スポーツビジネスと法」『はじめて学ぶスポーツと法』みらい(2023年)
変わる! 日本のスポーツビジネス 』カンゼン( 2017年) 
地域スポーツクラブが目指す理想のクラブマネジメント「ソシオ制度」を学ぶ』カンゼン(2011年)
地域スポーツクラブのマネジメント』カンゼン(2008年)